「好きを貫くだけでいいの?」クリエイティブの本質とは?  kakimoto arms小林知弘、in chealsea照屋寛倖、utuwa黒須光雄、li高木貴雄とLECO内田聡一郎の白熱議論-soucutsの庭 Vol.5-

カルチャーを次世代に伝えていく

 

 

内田:よく審査員の人たちが言うじゃないですか。「うまいけど、面白くないよね」って。これって、“うまい”作品なんだけど、それは過去に受賞したものを見て作っていて、結局はその作品のコピペでしかないよねって話だと思うんですけど…。でも、それって結構危険なことだと思うんですよ。じゃあ、その解像度を上げるために何が必要なのかって考えたときに、僕は師匠の鳥羽(VeLO/vetica代表/鳥羽直泰さん)とかに、「いろんなものを知ること」の重要性をめちゃくちゃ教わったんですよね。たとえば、「この音楽を知らないのはやばいよね」とか。「今期のこのデザイナーのコレクション見てないの?」とか。「この写真家知らないのはまずいよ」とか。そうやって、自分の“天井”を引き上げてくれる存在って、本当に重要だなって思うんです。その知識や感覚をちゃんとインプットした上で、さらにJHAみたいなコンテストの文脈にも落とし込める人が増えていくことが、すごく大事なんじゃないかなって。

たとえば、今日見にきてくれているマイちゃん(LECOスタイリスト/工藤舞さん)とかもそうなんですけど、「何が好きなの?」って聞くと、「ディズニーが好きです」って言うわけですよ。

 

一同:かわいいなあ(笑)。

 

内田:かわいいですよ(笑)。で、ディズニーが好きなのも全然いい。でも、じゃあ、偉大な写真家を誰か知っているの?って聞くと、知らないんですよ。だけど、知らなくていいわけない。だから、うちでは“カルチャー会”みたいなことをやっていて。音楽でも、ファッションでも、写真でも、「これは見ておいたほうがいいよね」っていうものを共有する時間をつくっているんですよ。そういうことって、上の世代が下の世代に渡していく責任があると思うんですよね。でも、それをやらずして「あなたの好きなものはなんですか?」っていう話ばかりをしてしまうから、なんかおかしなねじれ構造が生まれている気がしていて。

 

高木:選択肢がない状態で、好きなものを問われているってことですよね。

 

内田:そう。だから、“好き”を履き違えちゃいけないなって思うんですよ。

 

 

高木:僕も内田さんもVeLO/veticaで培ったものがあったから、そういう感覚がなんとなくわかるんですけど。普通に考えたら、入社1年目の子に「好きなもの何?」って聞いても、わからないですよね。

 

内田:しかも、大してないじゃん。だから本来必要な、“教える”っていうセクションが抜け落ちていて、場所だけがどんどん与えられている気がするんですよね。それって、メディア側にも責任があると思っていて。すぐ若い子をピックアップして、「じゃあ面白いことやってくださいよ」って振る。確かに話題性はあるかもしれない。でも、その人たちがどんな文脈の中で、何を見て、何をつくっているのか――そこまで掘り下げていないんですよ。それは、リクエストQJも含めて、みんなそうだと思うんですけど。結局、聞こえのいい言葉ばかりが先行していて、「本質的な話ってどこにあるんだろう」って。

最近、そこにすごく危機感を持っていて。場所はたくさんあるんですよ。今日みたいなコミュニティもあるし、若い子に向けた“場”の提供って、この数年ですごく増えているじゃないですか。でも、それ以上に、“何を学ばせるか”とか、“どう感性を育てるか”みたいな部分に力を入れていかないと、本末転倒なんじゃないかなって思うんですよね。

 

黒須:つまり、“間”が抜けてるってことですよね。アウトプットしていく中で、「好きなもの」は確かにある。でも、その好きがちょっと浅いんじゃない?っていう。

 

内田:そう。たとえば黒須がTHAで作った作品って、ちゃんと文脈があるじゃない。

 

黒須:ありますね。カルチャーとか、音楽とか。

 

内田:そう。あの時の作品は、FKA twigsみたいな存在感や世界観に影響を受けて、生まれているわけじゃないですか。でも、その背景を知らずに、「この作品すごい!」って表面だけを見て真似する美容学生もいる。じゃあ、その“背景”を誰が教えるの?って話なんですよね。しかも、今の若い子って普通にうまいんですよ。情報もたくさんあるから。マイちゃんとかも、実際つくらせたらめちゃくちゃうまい。でも、話してみると何も知らなかったりする。それって、先代が“下ろす努力”を怠ってきたんじゃないか。あるいは、美容業界のメディア側も、その役割を果たしてこなかったんじゃないかって。俺は結構思ってるんですよね。

 

黒須:でも、カルチャーを伝えていくって、本当に難しいとも思うんですよ。だって、最初の入口って、別にそんなに面白く感じないことも多いじゃないですか。フランス映画観ても寝ちゃうとか(笑)。特に今の子って、答えを出すのがすごく早いんですよね。「別にこれ好きじゃないです」って、すぐ判断するというか。

だから、“興味を持ってもらう入口”をつくるのがすごく難しいなって思っていて。僕はむしろ、順番が逆でもいいんじゃないかなって思うんです。まずは好きなことをやってもらう。その上で、「なんで自分の表現って、ここからもっと高みに行けないんだろう?」って壁にぶつかったときに、「それって、こういうカルチャーや背景を知らないからかもしれないよね」って伝えていく。そういう流れのほうが、今の時代には合っているのかもしれないなって思います。

 

 

内田:山下さんが、「ブローがわかるまで5年かかる」って言ってたんですよ。さらに、「ハサミって何なのかわかるまで10年くらいかかる」って。で、38年美容師をやってきて、「最近やっと上手くなってきた」って言っていて。でも、極論、俺はそれが真理だと思うんですよね。ただ今って、いろんな“場”が与えられている一方で、確かに活躍の場や可能性は広がっているけれど、“深み”が育ちきっていない気がするんです。その“深み”を育てる責任って、俺たち上の世代にあると思っていて。で、俺にとっては、このポッドキャストもその一つなんですよね。コンビニエンスに手に入る言葉じゃなくて、聞きたい人はわざわざポッドキャストを開いて、「あ、内田さんってこういうこと考えてたんだ」とか、「みんなこういうことに悩んでるんだ」って知る。そこから出てきたキーワードを、自分で調べてみる。俺自身もそうだったんですよ。先輩に全然知らない音楽を聴かされて、最初は全然いいと思わなかった。でも3回目くらいで、「あれ、なんかいいかも」って思えてくる、みたいな。

そういう“投げかけ”を、ここにいる人たちはもっとしていくべきだと思うし、その責任があると思ってるんです。だから、「若い子に場所を与えて終わり」じゃないんですよね。

 

それって、照屋塾にも通じる部分あるじゃないですか。俺、受講したことないからわからないんですけど、どういうスタンスでやってるんですか?

 

照屋:基本的には、その人が作りたいものを作ってもらうっていう感じですね。その上で、そこに自分の考えや感覚も少し乗せながら、よりいい作品にしていきたいっていう思いがあります。最終的には、「いい作品できた!」って、気持ちよく終わってほしいんですよ。

 

内田:間口を広げる、みたいな。

 

照屋:そうですね。どちらかというと、“マイナスで終わってほしくない”というか。「自分、ダメだったな」で終わるんじゃなくて、「楽しかった」「いい作品できた」って感覚を持って帰ってほしい。それを毎回繰り返してる感じです。

 

内田:そのフェーズは、絶対必要なことだと思うんですよ。ただ……みんな、それを言いすぎじゃない?っていう気持ちも、正直あるんですよね(笑)。もう、「好きなことやろう」「自由にやろう」は、みんな言ってる。だからそこは、もういいんじゃないかって。逆に今って、興味だけ持たせて放任して、「自分、なんかできてるかも」って感覚だけが先行しちゃってる部分もある気がしていて。

 

例えばですよ、撮影会で下手したら、(自分たちが若手の作品を)ちょっといじっちゃうみたいなのもあるじゃないですか。

 

 

照屋:ありますね。

 

内田:若い子の作品を、最後ちょっと直して、それを撮ったら入賞しちゃったりする。でも、それって本質的なのかなって思うんですよね。

 

 

照屋:そうなんですよね……。そこは本当に葛藤があります。ただ、撮影ってモデルさんもいるじゃないですか。だから、モデルさんには嫌な気持ちで帰ってほしくないっていうのもあるんですよ。

 

黒須:撮影って、そこありますよね。コンテストもそうですけど。

 

照屋:そう。モデルさんにも「いい作品になった」って気持ちで帰ってほしい。そう考えると、やっぱりちゃんといいものを作りたいって思っちゃうんですよね。でも、内田さんが言うみたいに、本来そこまでのクオリティじゃなかったとしても、結果的に作品として仕上がって、入賞しちゃうケースって、実際かなりあるんですよ。撮影って、最終的には“写真”が結果じゃないですか。極端な話、その一枚だけ見たら成立しちゃうというか。

 

高木:これ、波紋広がりそうですね(笑)。

 

内田:いや、ここカットしませんよ(笑)。

 

照屋:いや、逆に言いたいくらい(笑)。結構あるんですよ。「照屋さん、お願いします!」みたいな空気。

 

黒須:それって、髪を触るってことですか?

 

照屋:いやいや、そこまでじゃなくても。たとえば、ある程度いいモデルを用意して、「照屋さんが撮ればなんとかなるでしょ」みたいな。その空気感って、なんとなくわかるんですよね。

 

内田:そのとき、照屋さんってどんな顔してるんですか?(笑)

 

照屋:「あ〜……うーん、まあ、やるかあ……」みたいな(笑)。

 

内田:照屋塾、また来年もよろしくね〜って(笑)。ちゃんと商売してますねえ。

 

照屋:いや(笑)。でもやっぱり、最終的には“いい形で終わってほしい”っていう気持ちが大きいんですよね。

 

(ここで、SHINBIYOの工藤亮さんが飛び入り)

 

工藤:照屋さんがやっている、撮影したい人の作品を請け負って撮るっていう行為って、ある意味では、その人の実力や意図とは別のところで作品が成立してしまうこともある、ってことですよね?

 

照屋:そうですね。結果的に、さらにクオリティが上がることはあります。でも、それもある意味、自分の仕事だと思っているんですよ。もっとブラッシュアップさせるというか。多分、フォトグラファーってみんなそうだと思うんですけど。

 

工藤:そのときに、さっき内田さんが話していた、“どういう背景やカルチャーがあって、その表現をしたのか”っていう部分と、最終的に写真として出来上がるものとの間に、ギャップが生まれることってありますよね。でも、作品になっちゃうと、そこって見えづらいじゃないですか。

 

 

内田:実際そうなんですよね。だからといって、「カルチャーを持っている人=作品が上手いか」って言ったら、それもまた別の話で。だから僕は、どっちも必要だと思うんですよ。

 

黒須:でも、その“どっちも”の土台として、やっぱりバックグラウンドは必要だよねってことですよね。

 

工藤:それって、受け継いでいくべきものでもありますよね。

 

黒須:そうですね。単純に“ビジュアルだけをなぞる”んじゃなくて、その背景にどういうストーリーがあるのかとか。どんな女性像なのか、どんな音楽やカルチャーに影響を受けているのか。そこが大事なんだと思います。

 

内田:そういう意味でいうと、最近のDAとかidとかにある“デザインシート”って、すごくいいアップデートだと思っているんですよ。「どういうコンセプトで作ったのか」を書かせるやつ。うちの若い子たちも、正直まだそんなにカルチャーがないのに、それっぽいことを書くわけですよ(笑)。でも逆説的に、それを書くために調べるじゃないですか。「この世界観ってなんだろう」とか、「どういう文脈なんだろう」って。そうやって、自分の作品と背景の整合性を高めようとするきっかけになる。だから、あれはすごくいいなって思っています。

 

照屋:でも逆に、ちゃんと結果を出している人って、やっぱりそこを持っている人なんですよね。全体を見たときに、バックグラウンドやカルチャーがないまま、「コンテストで結果を出したい」とか、「かっこいい作品を作りたい」っていう人は、すごく多い。

その差って、最終的には結果にかなり出ているなって思いますね。

 

内田:でも、去年コンテストでグランプリを3つ獲ったマイちゃんは、正直そこまでカルチャー的なバックグラウンドがあるタイプでもないじゃないですか?

黒須:いや、多分その“カルチャー”の定義自体が、僕らとズレてるんですよ。僕らが思うカルチャーと、SNSネイティブ世代の子たちが触れてきたカルチャーって、そもそも違うじゃないですか。だから、僕らが「これを学べ」って無理やり教える時代ではなくなってきてるのかなとも思いますね。“ハイブリッド”って言葉が、一番しっくりくるかもしれないです。

 

内田:え、でもハイブリッドって、“どっちも知ってる”ってことじゃないですか。

 

黒須:え、怖い怖い怖い(笑)。

 

 

内田:いや、こういう話、みんな求めてるから(笑)。俺、飲み会とかでよく「いい作品ってなんなんだろうね」って話するんですけど、そのときにすごく腑に落ちた答えがあって。「いい作品って、一年後も話題になる作品だよね」って。で、一年後も話題になるためには、やっぱり“文脈”が必要なんですよ。表層だけで作られているものって、結局文脈がないから、すぐ忘れられるし、アップデートされてしまう。

 

この前、BEAUTRIUMの川畑タケルさんと対談したときに、25年前のHAIR MODEの表紙を見せてもらったんですけど、それがめちゃくちゃ今っぽかったんですよ。山の頂上で、すごく引きの画で撮っている作品だったんですけど。でもそれって、ただ“引きで撮った”から今っぽいわけじゃなくて。川畑さん自身が自然を愛していて、その頃から“人をつくる”っていうことを大事にしていたからこそ生まれた作品だったんですよね。当時の作品が他にもたくさん並んでいた中で、今見ても新鮮だったのは、それだけだった。

実際、川畑さん自身も「あれが一番好き」って言っていたんです。結局、そこなんだなって。カルチャーとか、その人が何を見て、何を感じて生きてきたかっていう部分が、作品に残るんだなって思うんですよ。逆に言えば、“それっぽく”表層だけ切り取って作った作品って、やっぱり語り継がれない。「いい作品」として残っていかないんじゃないかなって。

だから、もっと引いて考えると、JHA的な“ヘッドショット文化”って、どこまでカルチャーを語れるんだろうっていう疑問も残るんですよね。頭だけで、何が語れるのかって。

「女性像を大事にしています」って言いながら、頭しか映っていない作品で、本当にその人の世界観や生き方まで表現できているのか――そこは、すごく考えちゃいますね。

 

(その後、DaBのHARUTOさん、SITYの原田さん、akoさんを交えてクリエイティブ議論は大白熱!詳しくはPodcastで!)

 

>クリエイティブで、美容師の人生は変わる?

 

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