受けた恩は倍返し!5業種の企業経営者兼美容師 IJKグループ代表 芝原俊輔のコトダマ

 

第一線で活躍する美容師の人生を変えた「恩師の言葉」を紹介する「美容師のコトダマ」シリーズ。今回はIJK OMOTESANDOをはじめ、グループ5社を束ねる美容師&経営者、芝原俊輔(しばはら しゅんすけ)さんの心を動かした言葉を探りました。大阪から上京し、美容師として、経営者として結果を出し続けている芝原さん。東京で一旗あげたい上京美容師や、日々不安と闘っている経営者に読んでいただきたいインタビューです。

 


 

強い母の涙で決意「絶対に東京でしかできないことをやろう」

 

 

僕が大阪から上京したのは2011年3月11日。東日本大震災の日です。軽トラを借りて、両親に手伝ってもらいながら、引っ越しをしてる最中に地震が発生し、通常なら大阪、東京間は6時間ほど移動で移動できるところ、18時間くらいかかりました。

 

その当時、都心に住む余裕はなかったので横浜で家を借りていたんです。横浜も震災の影響で買い占めがあり、コンビニにものが何も置いていないような状態。横浜に着いてからも2日間くらい、両親に新生活の準備を手伝ってもらいました。

 

そして、二人が大阪に戻るとき、母が泣いていたんですよ。本来、母はバリバリのキャリアウーマンでカッコいい感じの女性なんです。人前で涙を見せるようなタイプじゃない。そんな母の涙には、僕の心に訴えてくるものがありました。そのとき僕は思ったんです。「大阪でもできることをやるのなら大阪から出る必要はなかった。東京にいなければできないチャレンジをしよう」と。


 

今もその気持ちは変わりません。実際、表参道に店を構えることや、起業家とつながって面白いことをしたり、会社をつくったりなど、東京でしかなし得ないことを実現してきました。東京で活躍する姿を見せることが、両親への恩返しだと思っています。

メディアなどに取り上げられると母も喜んでみてくれているようなので、少しは親孝行ができているのかなと思っています。

あとは、実家に帰るときは、ご飯を食べるときなどに必ず自分が負担するようにしています。どこに行っても絶対に自分が払うと決めていて、両親に「いっぱいお金を使わせてごめんね」と言われたりするんですけれど、「僕はこれをするために働いているから」と伝えています。まだまだ恩返しが足りないですね。

 

 

幹部たちからの「芝さんに大恩があるから」「ここじゃなきゃ美容師をやめていた」

 

 

僕の会社では定期的に役員会を開いています。異業種経営ということもあり、会社のことを自分だけでなく、幹部にもしっかり伝えたいと思っているんです。その役員会の中でぽろっと副代表の釼持が「私は芝さんに大恩があるから返していきたい」と言ったんです。それを聞いたとき、あえて僕はリアクションしなかったんですが、すごくうれしかったですね。またある時は、スタッフから「IJKじゃなきゃ美容師を辞めていました。」という言葉をかけられたことがあります。自分のやっていたことは間違いじゃなかったんだと思いました。というのも僕は本気で、みんなに幸せになってほしいと思ってやってきたから。美容室経営者って、大変なことも、辛いこともたくさんあります。けれど、社員のみんなから感謝されたらそれだけで頑張れるものなんです。

 

大切に使っているスタッフさんからもらったマグカップ

 

僕は美容師の仕事はずっと好きでやっていますが、頑張りが報われない時期もありました。周りの誰よりも集客してカットしているのに、経済的には楽にならず、お客さまを待たせるのもすごく心苦しかった。精神的にもやられて円形脱毛症になりました。

 

美容師が好きでお客さまがたくさん入れば、それで幸せかといえば、そんなことはないです。頑張りに見合った収入や、仕事とプライベートのバランスが整ってこそ、幸せになれるのだと思います。

 

だから僕は独立して、勤め人時代に嫌だなと思っていたことを全て排除したサロンをつくることにしました。綺麗なサロンで、楽しく仕事ができて、お休みもとれて、納得のいく報酬がもらえる。安定してそれを実現するために飲食など、異業種の経営も始めました。パーソナルジムの経営を始めたのも、もとはと言えば福利厚生でジムに通えるようにしていたことがきっかけです。すべてはスタッフが起点となっています。それが、サロンの仲間にも伝わったことがうれしかったんです。「IJKじゃなきゃ美容師をやめていました」は僕のモチベーションの源泉ともいえるコトダマです。


 

>経営危機を支えた一言「まだやれることを全部やり切ってないでしょ」

 

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