「まだ東京で消耗してるの?」SHIGE薫森正義×TWO柳亜矢子と考える、脱・東京の是非−soucutsの庭Vol.9−

LECO代表・内田聡一郎(うちだそういちろう)さんのPodcast「soucutsの庭」。大御所から同世代、さらには若い世代まで幅広い層の美容師をゲストに迎え、今考えていること、そして普段はなかなか語られることのない“思考の奥”までを、MCである内田さんがじっくりと引き出していきます。リクエストQJでは、そのPodcastの模様を記事としてお届け中!
今回のゲストは、東京の第一線でキャリアを積み重ね、それぞれ京都と鎌倉へ拠点を移したお二人、SHIGE(シゲ)の薫森正義(しげもりまさよし)さんと、TWO(トゥ)の柳亜矢子(やなぎあやこ)さんです。長年にわたって東京で活躍してきた二人が、ある時を境に選んだ「東京を離れる」という決断。その背景には、キャリアを重ねたからこそ見えてきた、仕事との向き合い方や人生の楽しみ方がありました。
「まだ東京で消耗してるの?」をテーマに、東京を離れて得たもの、地方で美容師をすることの可能性、これからの美容師の働き方についてトーク。さらに、二人が口を揃えて語る「好きを突き詰めること」という考え方にも迫ります。
朝型の薫森さんと柳さん

内田:今回のゲストは、僕も古くから友人で、共に東京で戦ってきた二人の美容師さんです。そして今、新しい価値観で働かれているお二人です!
柳:TWOの柳亜矢子です!よろしくお願いします!
薫森:SHIGEの薫森正義です。よろしくお願いしまーす!
内田:今日は初の昼収録です。いつも夜に収録するんですけど、お二人は夜に出歩きたくないということで(笑)だんだん朝方になってくるってことですね。
柳:健康系です(笑)
内田:お二人はこれまで、対談とかしたことあります?
薫森:昔2、3回くらいあるよね?
柳:コンテストの審査員で一緒になったのが最初だったと思います。滋賀だったかな? だから、知り合ったのは結構大人になってから。うっちーより全然あと。
薫森:そうそう。昔は撮影現場でも一緒になってたよね。
柳:一般誌の撮影とかね。『VIVI』とか。
内田:そこから時を経て、プライベートでも一緒にご飯に行ったり、遊んだりするようになったのは最近?
薫森:そうだね。柳さんが京都に遊びに来てくれたり、俺が鎌倉に行ったり。
柳:5年くらい前ですかね?
薫森:趣味とか嗜好がその頃から似てきて。「疲れたとは思ってないけど、今の働き方ってどうなんだろうね?」みたいな話をするようになって。
柳:私はコロナの1年前に鎌倉に引っ越したんですけど、薫森さんに当時そのことを話した時は、「柳さん、病んじゃったの?」って(笑)。今と全然マインドが違ったから。
あの頃は撮影をまだやっていたから、そういう美容師が遠くに住むってあり得なかったじゃないですか。だからみんなに相当びっくりされましたね。
薫森:俺も結局、京都に行ってるけどね(笑)

内田:バリバリ東京で美容師をやっていたお二人が、一定のキャリアを積んだところで東京を離れるという決断をした。僕から見ると、東京に依存しなくなってから、より輝いているように感じるんですよね。柳さんがおっしゃったように、当時は「東京を離れる=ドロップアウト」みたいな空気感もあったじゃないですか。今も多少はあるかもしれない。でも、お二人を見ていると、東京を離れてからのほうが人生も美容も楽しそうだなって。
そこがお二人の共通点かなと思っています。ということで、今日のトークテーマは、「まだ東京で消耗してるの?」。
薫森:わお! 刺激的!
内田:ちょっと煽り気味なテーマなんですけど(笑)。
薫森:うちらがつけたみたいな感じになってるけど。
柳:私たちがそう思ってるかどうかは、また別の話だけどね(笑)。
内田:まずは、お二人のこれまでの変遷から整理して伺いたいなと思います。じゃあ柳さんから。
今と真逆の生活を送っていた、柳さんの若手時代

柳:神奈川出身で、美容師になろうと思って国際文化理容美容専門学校に入って。とにかく「東京のサロンに入りたい」ってことしか頭になかったですね。高校生のときにファッション誌を見ていて、代官山に行ったんですよ。そこでエイトアンドハーフというサロンに出会って。
内田:出た、伝説の!
柳:だいぶアウトローで、かなり尖ったサロンでしたね。高校生の頃に初めて切りに行って、そのまま入社して、そこでデビューしました。その後、2006年に当時の先輩だった矢部さん(元broocH代表・矢部壮大さん)のbroocHのオープニングに参加した、という感じです。
内田:僕が出会ったのは、たぶんbroocH時代だと思うんだけど。エイトアンドハーフ時代、つまり若手美容師の頃はどんな感じだったんですか? バリバリのシティ派っていうイメージがある。夜遊びもしょっちゅうしてましたよね(笑)。
柳:そう! 今とはもう全然違いました。たぶん、うっちーより夜遊びしてたかも。
薫森:なにそれ、どういう比較(笑)。
柳:いや、本当に生活が全然違うんですよ。
内田:僕も、クラブで柳さんに会うっていうイメージが結構あった。
柳:そうそう! 世代的にクラブが流行っていたから。友達に会いに行くみたいなノリでクラブに行ってたし、私も音楽が好きだったので。20代の頃は、遊び場つながりで友達ができていたんですよね。趣味嗜好が近い子たちがクラブにいたり、アートやファッションが好きだったり。そこからいろいろ広がっていきましたね。
内田:バリバリのナイトライフで、アートとかクリエイティブも好きだったよね。
柳:もともと美術が好きで、絵を描くのも好きで。それが美容師になった理由の一つでもあるんですけど。20代の頃から一人で美術館に行ったり、当時はSNSがなかったから、雑誌のスクラップや美術館の展示のパンフレットをファイリングしたりしていて。今も全部家にあります。
内田:それはエイトアンドハーフに入ったからそうなったの? それとも、もともとそういう気質があったの?
柳:もともとかな。好奇心旺盛っていうのもあって。親は全然そんな感じじゃなくて、本当に普通なんですけど。でも、入ったサロンの影響は大きかったと思います。オーナーの池部さん(エイトアンドハーフ代表・池部隆司さん)が建築とかインテリアがすごく好きで、もうマニアみたいな感じだったので。だから、元エイトアンドハーフの人たちはみんなインテリアや家具が好きなんですよ。お客さまにも建築関係の人がいたりして、その環境から受けた影響はかなり大きかったですね。
私たちが若い頃って、「STUDIO VOICE」とかあったじゃないですか。当時は「美容師なら、こういう知識があるのが当たり前」みたいに叩き込まれた世代でもあったので、自分も意図的にそうあろうとしていたのかもしれない。
昔のエイトアンドハーフは、最初は日本の雑誌を置いちゃいけなかったんですよ。
薫森:そういうお店、あったねえ。
柳:洋書しか置いちゃいけなくて。『i-D』と『FACE』と『ITALIAN VOGUE』。私、雑誌係をやってたんですけど、1号買い忘れたらめっちゃ怒られて(笑)。
内田:当時は雑誌を買うのも、ABCに行ったりね。
柳:タワーブックスとかね。そういう時代だったので、「自分もそうあるべき」と思って、好きになっていった部分もあるかもしれないですね。
内田:エイトアンドハーフでバリバリやって、そこから当時の先輩についていって、ということですね。

柳:その前に、エイトアンドハーフを辞めて海外に行ってるんです。エイトアンドハーフにいた頃、ここで受ける刺激が、もう先輩しかないなって思っちゃって。もっと刺激が欲しくて、外の世界を見てみたいと思ったんです。結局、3カ月くらいしか行ってないので、海外に行ったとは言えないんですけど。ニューヨークに3カ月行って帰ってきて、ヘアメイク事務所を受けようと思っていました。
自分の中では、早い段階でデビューしたこともあって、サロンワークが一度完結しちゃったように感じていて。今思えば、全然まだまだなんですけど。それで、ヘアメイクにも興味があるなあって。私たちの時代といえば、加茂克也さんじゃないですか。だから、加茂さんの事務所をとりあえず受けてみようかなあって。
薫森:受けたの?
柳:いや、受けてないです。年明けに受けようと思っていたら、矢部さんからbroocHの話をいただいたんですよ。
内田:じゃあ、たまたま誘われて参加することになったの?
柳:そうですね。それが2006年。そこから会社単位でいうと、20年在籍しました。
内田:柳の快進撃は、そこから始まったっていう感じがする。知名度も一気に上がったよね。
柳:エイトアンドハーフの頃、一般誌の撮影はやっていたんですけど、業界誌は全部断っていたんですよ。だから、全然やったことがなかった。その後20代後半のbroocH時代に、当時の髪書房の編集さんが髪を切りに来てくれたんです。そこで『Bob』の撮影をオファーしてくれたんですよね。その後、「柳さん、『Ocappa』の表紙やりませんか?」って、これまた全然無名なのに声をかけてくれて。そこからどんどん広がっていった感じですかね。
内田:それで業界的にも一気に広まって。そこからバリバリキャリアが始まって、20年ずっと。
柳:ずっとかはわかんないけど(笑)。30歳前後くらいが、一番みんな撮影が多かった時代じゃない? 一般誌もヘアカタも。
内田:そんな中、転機が訪れたのはいつくらい? 鎌倉に行ったのは?
柳:鎌倉に行ったのは2019年。コロナの1年前に。
内田:結構前なんだね!
柳:そう。だから、みんなに相当びっくりされました。その後、世の中の流れがだいぶ変わって、移住する人も増えて、「いいですね、鎌倉」って言われるようになったんですけど。でも、人生における大きな転機に限って、私、全然計画性がなくて(笑)。結局ニューヨークに行きましたけど、ずっとロンドンに行こうと思っていたし、引っ越しもそう。鎌倉なんて、10年くらい行ってなかったんですよ。それが、たまたま友人がそっちの方面に引っ越して、何回か遊びに行っていたら、「あ、いいかも!」って。それで勢いで引っ越しちゃった。
薫森:意外と感覚なんだね! 俺はもう、絶対無理です。ちゃんと調べないと。
内田:鎌倉はたまたま行って、ピンと来たってだけなの?
柳:うん、そう。友達が葉山に住んでいて、「葉山だと、東京まで通うのちょっと難しいかな」と思って。それで、逗子か鎌倉だったらJRで行けるなと思って。鎌倉にたまたま物件を見つけた感じですかね。