「普通って誰が決めるの?」 クリエイションで唯一無二を貫く、QUQU浦さやか×niko hair氏川りの の頭の中−soucutsの庭Vol.8−
いつも選ぶのは氏川さんの作品だった

内田:FLOWERSの時は、美容師さんがお客さんとしてめちゃくちゃ来てたんだもんね。そこはおいおい話すとして…。ちなみに浦さんがりのちゃんを認識したのはいつ頃なんですか?
浦:あのお…。申し訳ないけど、お客さんで来てくれた時のことは全く覚えてない…。頑張ったら思い出すかも…。で、ご飯会のことも覚えてなくて…。でも、コンテストで審査員を務めるようになってから、「浦さやか賞」をりのちゃんに何度か贈っているんです。もちろん、「りのちゃんだから選ぶ」というわけではなくて、「あ、また氏川りのさんだ」って。
自分の名前が付いた賞って、「浦さやかはこういう作品が好きなんだ」「こういうものを評価する人なんだ」と周りに見られるものだから、選ぶ作品にはすごく責任を感じているんです。そういう場面で、りのちゃんの作品を選ぶことが多かったの。それで、「最近、この子よく見かけるな」と思うようになって。
りのちゃんってちょっと変なことするんですよ、メイクとかも。それがなんかね、いやらしくなくてすごい好きだった。その捻くれ方がちょうど良くて。当時は、「これは私の賞を狙ってるな」と感じるような作品も結構あったんです。でも、りのちゃん本人はそういう感じじゃない。なんかね、気持ちい捻くれ方なの。
それが私の選ぶポイントだった。それが続いていて、自分が選んでない時でも気になっている時が多かった。
内田:じゃあ、作品を通して認識したって感じなんだ。
浦:うん、そう。だからまさか一緒にご飯を食べていたとは…(笑)
内田:氏川さんがコンテストに出始めたのはいつくらい?
氏川:15年くらい前です。ちょうどクリエイションを始めた頃ですね。それまではサロンスタイルしかやっていなかったんですけど、きっかけはveticaの鳥羽さんでした。鳥羽さんが四国に来られたときにお話しする機会があって、「ブックは持ってないの?」って聞かれたんです。でも私は、ブックというもの自体もよくわかっていなくて、話にも全然ついていけなくて……。そのことがすごく悔しくて、次の日、高知に帰ってすぐにモデルさんを呼んでクリエイションの撮影をしました。そこからスタートしましたね。
内田:最初は、撮影がきっかけだったんだ。
氏川:そうですね。「ブックってこういうものだよ」と教えてもらったので、「まずは作ってみよ」と思ったのが始まりでした。
内田:当時って、業界誌全盛の時代だったと思うんだけど、そういうのは見てないタイプだったの?
氏川:見ていました。でも、コンテストに出たこともなかったし、クリエイションのようなデザインワークをやるという発想自体がなかったんです。
内田:じゃあ15年くらい前から撮影を始めて、その流れで少しずつコンテストにも出るようになった。でも、その頃から浦さんが作品を認識していたということは、開花するのが早かったんだね。
浦:勘がいいのかもしれないね、そういうのの。
内田:自分としては、「ものすごく勉強した」「のめり込んだ」という感覚だったの?
氏川:すぐに撮影を始めて、面白いけど、ダサいのしか作れなくて。思ったよりできないなって。そこから、2年くらい毎日撮影してました。
内田:その伝説あるよね!

氏川:当時はFacebookに作品を載せていて。それで、「毎日狂ったように撮影してる奴らがいる」って認識してもらえるようになったんです。オーナーの大野(niko hairオーナー大野 紘一さん)と二人でずっと撮っていました。そこから、すごい頑張ってるけど、結果がないっていうのがダサいなって思うようになって。それですごく結果が欲しくてコンテストに出始めたんです。だから最初のほうは、毎日撮影してのめり込んでました。今はそれが当たり前になっているので、自分では頑張っているという感覚もないんですけど。
内田:美容師として、そこそこキャリアがあるじゃないですか。それまでは、サロンワークのみをやっている美容師って感じだったんですか?
氏川:そうなんです。大野さんのところに入社するまでは、5年ちょっとアシスタントをしていて。その後、大野さんのもとでスタイリストになって。スタイリストになってから2年くらいは、サロンワークのスタイル写真を毎日撮っていたんです。クリエイションを始めてからは、それが作品撮りに変わっただけという感じでした。当時は『PS』みたいな雑誌にも、載せていただいたりしていて。
内田:『PS』!? 懐かしいね(笑)。今の若い子は知らないだろうな。
氏川:そういう雑誌に、地方だけど毎月載せてもらったりしていて。サロンワークはいい感じにできていたんです。売上も予約も順調でしたし、「うまくいっているな」と思っていました。でも、クリエイションの世界を知って、「まだまだ全然だったんだ」と気づいたんです。今までの自分は井の中の蛙だったんだなって。

内田:そこからコンテストや作品づくりをひたすら続けていって、そのアウトプットに浦さやかが反応した、ということなんだね。
浦:うん、反応したね。
氏川:むしろ、その頃は内田さんと浦さんを振り向かせようとしていました。このお二人に認知されることが、自分の中で一つの目標だったし、「面白え女」って思われたいなって。他の人に評価されたいというより、この二人に届けばいいという気持ちのほうが強かったですね。グランプリを獲ることよりも、そっちのほうが大きな目標でした。
内田:我々、当時からセットで仕事をすることが多かったんですよ。同い年だし、当時の若手筆頭株みたいなポジションでやらせてもらってたから。我々は、あの頃一番調子に乗っていたよね?
浦:私は乗ってない!
内田:俺は乗ってた、完全に(笑)。「俺、最高!」って思ってたから(笑)。それくらい名前も全国に広がっていた時期だったんだよね。
さて、本題に入りたいんですが、今回このお二人に来ていただいた理由があります。今は作品づくりやコンテストに挑戦している美容師さんもいるし、個性的なヘアスタイルを目指して作っている人もいっぱいいます。そしてこのラジオでもこれまでクリエイションについて何度も話してきました。でも、僕から見ると、2人はもうそのラインにはいない。別のコースを走っている存在というか。
それでいて、いわゆるクリエイティブの第一線にいる人たちからも強くリスペクトされている。一方で、王道とは明らかに違う。その違いはどこから生まれているのかを、今日は深掘りしていきたいと思っています。そこで今回のテーマを、「普通って誰が決めるの?」にしました。実はこのテーマ、僕と浦さんがよくこの話で喧嘩になるんですよ(笑)。
氏川:(笑)
浦さんの存在そのものに憧れる氏川さん

内田:今日は僕が、”普通代表”として話を聞いていこうと思います(笑)。たとえば作品づくりでも、「普通はこうだよね」とか、「ここはこうしたほうがきれいだよね」という感覚ってあるじゃないですか。でも、浦さんにはそれがないんですよね。いや、正確に言うと、そういう感覚を超越したところにいる。それが浦さやかの強みだと思っていて、僕は氏川りのにも同じバイブスを感じるんです。ここ数年、氏川さんの作品を見ていても、「そんな動かし方する?」「この色の組み合わせ!?」「この衣装で、この写真で、この表現なんだ」と、いつも予想の斜め上をいく。そこが氏川りのの真骨頂だと思うし、今では「クリエイティブといえば氏川りの」と言われるポジションになった理由でもあると思うんです。しかも、それを無理してやっているようには見えない。苦しみながらやっているように俺には見えなくて。ちょっと語弊があるかもしれないけど、まさにナチュラルボーン。右脳が半端ない(笑)。そんな二人が話したら、どんな会話になるのか。それを今日は聞いてみたいと思っています。
じゃあまず、氏川りのから見た浦さやかって、どんな存在なんですか?
氏川:最初は浦さんのスタイルが素敵だなと思って知ったんです。でも、憧れるようになったのは作品というより、存在のあり方なんです。
内田:髪の毛というより、人そのものに。
氏川:そうですね。私、誰かと競争したり比べられたりするのが、本当は大嫌いなんですよ。コンテストには出てるけど。でも、浦さんって誰とも比べられないし、誰かと比べられる存在でもないじゃないですか。私は、そういう人になりたいんです。
クリエイションは楽しいし、これからも続けていきたい。もっと作品もつくっていきたい。その中で私が目指しているのは、「作品をつくることを許される人」になることなんです。期待されて、求められて作品を生み出せる人になりたい。その意味で浦さんは、「次は何をつくってくれるんだろう」「もっと作品を見たい」と思われる存在じゃないですか。私は、そういうあり方にずっと憧れてきました。
だから、浦さんの表面的に見える奇抜さとか、奇想天外なことをする部分に憧れているわけじゃないんです。浦さんの存在そのものが、ずっと私の目標なんです。
内田:どういうところからそれを感じたんですか?
氏川:浦さんって有名だから、真似する人はたくさんいるけど、誰も浦さんにはなれないじゃないですか。それって、作品だけじゃなくて、佇まいやスタイル、生き方も含めて唯一無二だったからだと思うんです。美容師という枠の中で戦っているというより、さっき内田さんがおっしゃったように、もう美容師同士の戦いの中にはいない人。私は、そういう存在なんだなって感じていました。
内田:これ、本人はどう自己分析してるんですか?
浦:いやぁ、自分のことってあんまりわからなくて。矛盾だらけだからね、私。
内田:そういう風に見られてる認識はある?
浦:うーん、あるような、ないような……。そう見られている気もするし、「大したことないな」って思われている気もするし。本当に、自分のことがよくわかんなくて。

内田:今日もラジオなので残念ながら見えないんですけど、浦さん、今どんな格好をしてるかというと、白い帯に、ダウンベストを合わせてるんですよ。
浦:袴ね。
内田:それで、セーラーをレイヤードして、その上にadidasのヘアバンド、さらにピンクのドレッド(笑)。これはもう、唯一無二と言わざるを得ない。このファッションって、浦さやかがやると、なぜかOKになっちゃうんだよね。
浦:いや、結構考えてるよ、これ。答えが一個しかないの。もう、今日の答えはこれしかない。
内田:なるほどね…。
浦:りのちゃんが今日、「白で来る」って言ってたから、合わせるなら、私は白の着物持ってないから(※浦さんはいつも着物を着ています)、袴だなと思って。なら、この上にこのブラウスを着るしかないな、でもそれだと上半身寂しいから「じゃあ、これかな」、「これ可愛いかな」とかって考えてる。
内田:第二形態、第三形態になったのっていつくらいから? 昔はだって、ヨーロッパの古着を着たり、まだみんなから理解される領域にいたと思うんですよね。
浦:あの時は、あれがベストアンサーだったんだけど。うーん。やっぱり環境とか時の流れで人は変わるからね。私は特にすごい変わるから。自分が変わりたくなったら簡単に変わるし。
内田:きっかけがあったわけじゃない?
浦:うーん。第一形態から、第二形態はotope(※浦さんが主宰していたサロン)を始めた頃かな。FLOWERSにいるときは、一般的な人に受けなきゃいけないっていうのがあったんだけど、otopeを出したのは、「一回、好き勝手にやってみたいな」って思ったからなんだよね。私、こう見えて結構独占欲が強いから。自分の好きな感じで全部やりたいっていう気持ちがあって。で、otopeを出してもらって、やりすぎて失敗したりとかもあったんだけど、その時が第二形態かな。髪の毛をその前くらいから伸ばして、金髪でピンクとかにしたりしてた。

内田:僕が知る限りだと、FLOWERS時代は、いわゆる森ガールブームの全盛期でしたよね。マスにも受け入れられる個性派サロンというポジションで、スタッフみんながそういうスタイルをつくっていて、一世を風靡していた。でも、あるタイミングから急に違うスタイルをつくりたくなっちゃったんだよね?ベリーショートやアシンメトリーバングみたいなデザインを打ち出し始めたのって、FLOWERS後期くらい?
浦:今までやってきたことが満タンになって、違うことをしたくなったんだよね。「こういうこともやってみたい!」って思うと、そっちにいきたくなる。多分りのちゃんもそういうタイプなんじゃないかな。自分の形態が変わってきたのも、自分自身につまらなくなる前に、もっと面白くなりたいっていう気持ちがあるから。だから毎日、自分を面白がるように生きているのかも。
内田:当時のFLOWERSのオーナーさんが、「あ、コントロールできなくなってきた」って思って、離れ小島に行かされたみたいな印象があるんですけど(笑)
浦:それも、一理あるね(笑)
内田:そしたら、そこで開花したんだよね。
浦:そうだね。ブレーキをなくして、リミッターを解除したらお客さんでも離れていった人が結構いたな…。
内田:その頃の伝説、話してもらっていいですか?(笑) どれくらいリミッターが外れていたのか。